「モジャ!」 season2 第七回
探偵物語
「気乗りがしないって何よ?」と、ラ・フランスは言った。
怒っているのではなく、俺の言葉の意味がフツーに分からないって顔で。
「いや、だから気乗りがしないんだよ。単純に。君の種を飛ばすために、君を剥いて食べるってことがね。もし俺がそれをしてしまったら・・・」
調子が出かけた俺は、何かを話そうと頭で考えなくても、スルスルと言葉が出てきて、これってもしかして、いわゆるゾーンに入ってる感じなのかな、とか思い始めていたけど、そのスルスル言葉が出てくるゾーンは、割と早めに終わっちゃってまた言葉に詰まる。
「それをしてしまったら?」
ラ・フランスは、まさかこのタイミングで俺の球が打ち止めになったなんて思いもせずに、真剣な眼差しで次の言葉を待っている。
「それをしてしまったら・・・」俺は同じ言葉を繰り返す。言うべきことがないのに、何か言うことを求められている時、それでも何かを話すべきだろうか。それとも勇気を出して黙るべきだろうか。
「それをしてしまったら・・・」と俺はもう一度言ってみる。
「それをしてしまったら?」またラ・フランスが尋ねる。
その美しい語尾上げ具合に聞き惚れる俺は、何も言えなくて夏・・・って感じに巡り巡って振り出しに戻る。いいじゃん、くり繰り返そうよ、このクダリって腹を据える。
そう、同じセリフを同じように何度も何度も反復するんだ。舞台俳優の練習みたいに。
それはきっと、悪いことではない。同じことを繰り返すうちに、何か功徳があるもしれない。修行僧のマントラや、ルミネのお姉さんのいらっしゃいませ〜の気分で行こうね。
だってさ、ラ・フランスと一緒に、この繰り返しに身を興じるのは、正直リア充。
俺が「それをしてしまったら・・・」とラ・フランスを見やると、「それをしてしまったら?」とラ・フランスが俺を見返す。つまり、俺たちは見つめ合う。この見つめ合う瞬間を何度も繰り返すことができるのだ。そして、いつか俺は気づくだろう。同じことの繰り返しなど、本当は何一つないことに。俺とラ・フランスは何度も同じやりとりを積み重ねながら、この世界から抜け出す鍵を探し出そうとしていることに。
「それをしてしまったら・・・」
俺は、さらにもう一度、さっきよりも語尾をフェードアウト気味にして、今度こそ次の言葉を言うぞ言うぞ、言っちゃうかんね、的な空気を醸し出しながら、ラ・フランスを見る。
「をしてしまったら?」とラ・フランスは、“それ”を省略した分だけ間合いを詰めて俺を見る。今度こそ言ってくれるだろうか、いや、でもきっと言わないだろうなと言う顔で。
もしかしたら、ラ・フランスはわかっているのかもしれない。この言葉の後には文字通り何の言葉もないことが。そして、その何もないという事実をここでそのまま受け入れてしまったら、幻想という名の希望も、欲望という名の電車も消えて、本当に何ひとつなくなってしまうということが。
だから、気づかないふりをして、付き合ってくれているのかもしれない。時間が経てば、他のすべての生き物と同じように、ラ・フランスも俺もただ腐敗していくだけの身の上なのだから。
「をしてしまったら・・・」
俺は、ラ・フランスの真似をして“それ”を省略して、例のセリフを繰り返す。「ら?」とラ・フランスは一気に極限まで省略した究極の疑問形で、ニーチェ的永劫回帰のメッセージを俺に突きつける。その時、俺の瓢箪から駒が出た。
「探偵じゃなくなっちゃう」俺は俺自身の言葉に、「だよね」と付け足して同意した。(続)
ロケ地:横浜みなとみらい
テキスト:ミフキ・アバーチ
撮影:ta_mural
出演:モジャ