「モジャ!」 season2 第九回
アルファヴィル


「え?あなたって、探偵だったの?」
「そうだよ」
「探偵って、何する人?」
「えっと、何すんだろうね」
「こっちが聞いてるのよ。じゃあ、今までどんな事件を解決してきたの?」
ラ・フランスは若い頃のアンナ・カリーナに似ていた。
俺は、彼女を剥いて食べる代わりに、その瞳の奥に広がる宇宙に飛び立とうと息を吸う。だがその瞬間、アンナ、いやラ・フランスの瞳は拒否するように閉じられた。

「なぜ?」俺は尋ねる。
「やっぱりダメよ」ラ・フランスが言う。「あなたはまだ、こっちに来ちゃいけない」
「なんでやねん」俺は、笑福亭鶴瓶の口調で言ってみた。なんか和むかなと思って。
そういえば、鶴瓶もかつてはモジャってた。いや、待てよ。本当にそうだったっけ?なんだか俺の記憶の中で、若かりし鶴瓶と子門真人がモジャと眼鏡とオーバーオールで重なっている。やがて鶴瓶と子門が合体し、モジャがポニョとなり、宮崎駿が生まれた。
君たちはどう生きるか。とどのつまり、このモジャをどう生きるか。 見つかった。何が?永遠が。パーマネントな白モジャが。

「ほら、また別のこと考えてる」
心を見透かされた俺は、何か言い訳しようとラ・フランスを見る。 そして「え?」と声に出さず内心思ってから、「え、え?」と律儀に二度見した。 ラ・フランスは、急激に歳をとっていた。犬よりも蝉よりも光よりも早く。
そりゃそうだ、そもそもラ・フランスはフルーツなのだ。志村喬が歌う。いのち短し恋せよ乙女。顔も体もかつてのハリがなく、その輪郭は重力に抗う力を失っていた。
だが俺は、気づいている。ラ・フランスが若さと引き換えに手に入れたものが、芳醇な色香であることを。

時間は、人の眼差しを変える。詳しくは、世阿弥の「花伝書」と九鬼周造の「いきの構造」に書いてある。「一度観て満足できる映画は、もう二度と観る価値がない」とスーザン・ソンダクが日記に書き記す。それに俺は付け足そう。「刮目せよ。ゴダールの映画はすべて、映画の予告編である」と。なんだか、蓮實重彦になった気分で。
光の加減だろうか以前より色が薄くなったように見える瞳のせいで、どこか遠くを見つめているように見えるラ・フランスが、柔らかく型崩れしたズボンの尻の辺りから徐にスマホを取り出す。ついさっきまでなかったはずのシワの入った瞼で、夏の朝露のような瞳を押し込むようにして細めながら、「あー、今って、アプリで呼べるのね」と言って、「三分後に来るわ」と呟く。

「何が?」と俺が訊ねるより前に、「白モジャさん、さよならをする前に、一つだけ願い事を叶えてあげる」と俺に言う。「何でもいいわ。でもあまり時間がないから急いでね」
突然願い事を聞かれ、何ひとつ言葉が出てこない俺の空虚感。いや、でもむしろ、これは喜ぶべき状態なのかもしれない。願い事がないというのは今のこの日常に満たされている証なのだから。少なくとも、資本主義的欲望の奴隷に成り下がってはいない。

いや、あるいは、ただ何も考えていないだけなのかもしれない。目の前のぬるま湯的な現実につかって「ババンババンバンバン」とドリフのエンディングテーマを歌っているだけなのかもしれない。「飯食ったか?」「歯磨いたか?」中高年の自問自答は、これくらいが適温です。

「とりあえず、白モジャを普通のモジャに戻して欲しい」俺は、そう言いながら、この願いで本当にいいのだろうかと逡巡し、「やっぱやめた」と即座に前言撤回する。確かに、白モジャになった時はさすがに驚いたけれど、慣れてきたらこれも悪くない。白髪染めが間に合わない生え際の哀愁よりも、俺は細野晴臣さんになりたい。風をあつめて。(続)



ロケ地:長野県松本市
テキスト:ミフキ・アバーチ 
撮影:サマーカーター・トゥーイ
出演:モジャ

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